SSブログ

Caliban in The Tempest [言語・記号]

Miranda-tempest_1.jpg




先日、ユリイカ(特集・幻想の博物誌)をぱらぱらとめくっていたら、
途中まで読んでほったらかしになっていた、シェイクスピアの
あらし Tempest」に登場するキャラクター、「キャリバン」について書かれている文章を見つけた。

ミラノ公にして魔術師プロスペローの召使であり、「化け物」、或いは
savage and deformed slave として描かれている、キャリバン。


この「キャリバン」ということば、なにかに似ている。。

と思ったら、案の定、
Caliban は、Canibal のアナグラムである、と。

(もちろんこれは定説ではなくて、これ以外にも異論あり
例えば、ジプシー(最近ではRomaと言わなければいけないのかな)の言葉で、
Black 或いは Blackness を意味する "Cauliban" であるという説も。
http://www.shmoop.com/tempest/caliban.html )


「カニバル」とは即ち、「カニバリズム」、即ち人肉嗜食のことである。

これを読んだ途端、「あらし」に急激に興味が湧いて、一気読み。
なかなか面白かった。

私は正直、シェイクスピアのよさってものがいまいち理解できない人間なのだけれど
(原文の美しさは翻訳不可能、とは訳者の福田恆存氏の弁)
なのでそんなにたくさんシェイクスピアは読んでないけれど、
今まで読んだ彼の作品ではいちばん好きかも。


15世紀末に始めるいわゆるヨーロッパの大航海時代というのは、
ヨーロッパ史においては、言うまでもなく大きな転換期で、
個人的にも、常に気になってしまう時代なのだけれども、

というのも、この時代には、かつてないほどに、ヨーロッパが知らなかったものが
大量にヨーロッパに持ち込まれ、それらが「驚異」として受け入れられ、
多種多様で豊饒なイメージをもたらしたからで。


16、17世紀とは他者と遭遇したカルチャー・ショックを <驚異> という甘美な知的快楽に転化もしくは緩衝するために是非必要な期間だったといえるだろう。(中略)
哲学から宗教から疑似科学万般、徹頭徹尾 <驚異>の情念に満ち満ちていることが分かって呆然としないわけにいかない。
たとえば 『迷宮としての世界』でG・R・ホッケが美術や文学の世界について指摘した < 驚異> のメカニズムが人々の日常的信仰を支配した奇跡三昧から動植物園の流行といった局面にまで徹底して入り込んでいたことにびっくりさせられる。

(高山宏 「ダス・イスト・ヴンダーバール!― 幻想博物誌の現在」、ユリイカ 「特集・幻想の博物誌」 1993年)



このあたりの話は、いわゆる澁澤派の方々や、高山氏の愛読者の方々にはおなじみだろうけど
しかし、話はそんな楽しいことばかりではない。

言葉は悪いけれど、ここにヨーロッパの暗黒史、すなわち
ヨーロッパによる新大陸その他における侵略や虐殺、奴隷化という暴力の歴史が始まったことも事実。
(例えば、こちらに詳しい:
http://specific-asian-flash.web.infoseek.co.jp/oubeishokuminchi.htm


活版印刷術、火薬、羅針盤という三種の神器をアジアより先に活用したヨーロッパは(中略)海外進出を果たし、到着する先々で領有と命名を繰り返す。
その結果生み出された未曾有の記号の過剰が、金銀とともに「文学」としてヨーロッパにもたらされた。 ヘロドトス、プリニウス、マンデヴィルらによって古代から溜め込まれた「怪物」の記号は、そうした「征服」の度にまるで貨幣のように「他者」の表象としてばらまかれていった。

(本橋哲也 「キャリバンと「食人」の記号 - 怪奇の表象、表象の怪奇」、ユリイカ 「特集・幻想の博物誌」 1993年)



そんな中で、やはりこのCanibal ということばも、この時代を理解する上で重要なキーワード、
そして記号・表象となるであろうことは、容易に想像できる。

そして、キャリバンはといえば、

少なくとも17世紀前半の上演では、非文明(非ヨーロッパ)人、異常な外見、主人に仕える奴婢という三つの要素を軸にして、彼は登場してきたのである。

(引用同上)



そこでヨーロッパ側にしてみれば、そんな暴力的行為の正当化が必要であった。
それは、新大陸の人間たちは、ヨーロッパ人によって侵略されて当然、
という極めて傲慢で自己中心的な、自己正当化である。

布教であれ金銀の採掘であれ、先住民の制圧が必要条件なのであるから、彼らの劣等化と奴隷化とが表象の原点にあるのは当然である。しかし十分条件を満たすには、もうひとつ手続きがいる。それが原住民の悪魔化であり、そのための「食人」の「発見」である

(引用同上)



その手続きは、どのように進められたのか。
事実、コロンブスをはじめとして、当時の航海記等には、原住民を怪物のように描いた記述が
数多く見受けられる。
ラス・カサスのような良心的な批判者がいたのがせめてもの救いだが、
額に目があるだとか、近寄ればつかまって食べられてしまうだとか、要するに
これはマルコ・ポーロやプリニウス以来さんざん描かれた「怪物」と大差はない。

これらの記述が語っているのは、少なくとも、ヨーロッパ人にとっては、
見知らぬ土地で初めて見た異様な人間というのは、全て「食人」である、
という表象が生まれており、従い、新大陸の原住民は、
おしなべて「食人」という記号と化していたということ。
そして、その記号化の強化も必要だったことだろう。

「食人」とは、自分、即ちヨーロッパ人とは異なる「他者」をあらわす記号、
即ち、黒人、魔女、ユダヤ人、ジプシー、同性愛者といった記号と同様の、
ヨーロッパの表象システムにおける周縁的な存在なのである。

彼らが実際に食人の習慣があったかどうかは問題なのではなく
(中野美代子によれば、食人族というのは、存在しないらしいが)、
重要なのは、この「食人」という記号が、非ヨーロッパの人間以外を表象する
ヨーロッパ世界の外の原住民=見た目は怪物じみていて、野蛮で人を食う人種
という意味内容を持った記号と化していたということ、従って、
彼らを奴隷化したり搾取したり殺したりしても良い、
という論理を強化した、つまり暴力と奴隷化の正当化に使われた、ということである。


明快に境界線を引かれた「我」「汝」関係の中で、「slave」という記号が一人歩きをはじめ、「salvage 人間」と「deformed 怪物」とを包摂してしまう。人間を怪物として表象することが奴隷労働を正当化し、奴隷労働が人間を実際の怪物にしてしまうのだ。

(引用同上)



記号というものは、実に恐ろしい一面を持っていることを思い知らされる。


まあ、そんな殺伐とした話はこれくらいにして、「あらし」そのものに話を移すと、
世間的に評価の高い以下の文章には、確かに胸を打たれるものがある。


Be not afeard; the isle is full of noises,
Sounds and sweet airs, that give delight and hurt not.
Sometimes a thousand twangling instruments
Will hum about mine ears, and sometime voices
That, if I then had waked after long sleep,
Will make me sleep again : and then, in dreaming,
The clouds methought would open and show riches
Ready to drop upon me that, when I waked,
I cried to dream again.
(3.2.18)


こわがることはないよ、この島はいつも音で一杯だ、
音楽や気持ちの良い歌の調べが聞こえてきて、それが俺たちを浮き浮きさせてくれる、
何ともありはしない、時には数え切れないほどの楽器が一度に揺れ動くように鳴り出して
でも、それが耳の傍でかすかに響くだけだ、
時には歌声がまじる、
それを聴いていると、長いことぐっすり眠った後でも、またぞろ眠くなってくる、
そうして、夢を見る、
雲が二つに割れて、そこから宝物がどっさり落ちてきそうな気になって、
そこで目が醒めてしまい、もう一度夢が見たくて泣いたこともあったっけ。

(福田恆存訳)




確かに、翻訳することによって、原文のリズムという最も大事な部分が
失われてしまっているが、まあそれは、いたし方がないというもの。

少なくとも、そのイメージの美しさは伝わっているから。





夏の夜の夢・あらし (新潮文庫)

夏の夜の夢・あらし (新潮文庫)

  • 作者: シェイクスピア
  • 出版社/メーカー: 新潮社
  • 発売日: 1971/07
  • メディア: 文庫



侵略の世界史―この500年、白人は世界で何をしてきたか (祥伝社黄金文庫)

侵略の世界史―この500年、白人は世界で何をしてきたか (祥伝社黄金文庫)

  • 作者: 清水 馨八郎
  • 出版社/メーカー: 祥伝社
  • 発売日: 2001/11
  • メディア: 文庫



コロンブス航海誌 (岩波文庫 青 428-1)

コロンブス航海誌 (岩波文庫 青 428-1)

  • 作者: クリストーバル・コロン
  • 出版社/メーカー: 岩波書店
  • 発売日: 1977/09/16
  • メディア: 文庫



インディアスの破壊についての簡潔な報告 (岩波文庫)

インディアスの破壊についての簡潔な報告 (岩波文庫)

  • 作者: ラス・カサス
  • 出版社/メーカー: 岩波書店
  • 発売日: 1976/06/16
  • メディア: 文庫



私のプリニウス (河出文庫)

私のプリニウス (河出文庫)

  • 作者: 澁澤 龍彦
  • 出版社/メーカー: 河出書房新社
  • 発売日: 1996/09
  • メディア: 文庫





John William Waterhouse, Miranda - The Tempest,
1916, Private Collection




nice!(1)  コメント(0)  トラックバック(0) 

nice! 1

コメント 0

コメントを書く

お名前:
URL:
コメント:
画像認証:
下の画像に表示されている文字を入力してください。

※ブログオーナーが承認したコメントのみ表示されます。

トラックバック 0

この広告は前回の更新から一定期間経過したブログに表示されています。更新すると自動で解除されます。