芥川・谷崎・悪の花 [イメージ・象徴]
芥川龍之介が「あの頃の自分の事」の中で、見事な谷崎論を展開している。
当時谷崎氏は、在来氏が開拓してきた(中略)耽美主義の畠に、(中略)文字通り底気味の悪い Fleurs du Mal を育てていた。
が、その斑猫のような色をした、美しい悪の花は、氏の傾倒しているポオやボオドレエルと、同じ壮厳な腐敗の香を放ちながら、ある一点では彼らのそれと、全く趣が違っていた。彼等の病的な耽美主義は、その背景に恐るべき冷酷な心を控えている。(中略)
彼らはデカダンスの古沼に身を沈めながら、それでもなおこの仕末に了えない心と(中略)睨み合っていなければならなかった。だから彼らの耽美主義は、この心に劫やかされた彼らの魂のどん底から、やむを得ず飛び立った蛾の一群だった。
従って彼等の作品には、常に (中略)、せっぱつまった嘆声が瘴気の如く纏綿していた。我々が彼等の耽美主義から、厳粛な感激を浴びせられるのは、実にこの「地獄のドン・ジュアン」のやうな冷酷な心の苦しみを見せつけられるからである。
しかし谷崎氏の耽美主義には、この動きのとれない息苦しさの代りに、余りに享楽的な余裕があり過ぎた。(中略)その点が氏は我々に、氏の寧ろ軽蔑するゴオテイエを髣髴させる所以だった。
ゴオテイエの病的傾向は、ボオドレエルのそれとひとしく世紀末の色彩は帯びていても、云わば活力に満ちた病的傾向だった。(中略)
だから彼には谷崎氏と共に、ポオやボオドレエルに共通する切迫した感じが欠けていた。
が、その代りに感覚的な美を叙述する事にかけては、滾々として百里の波を飜す河のような、驚く可き雄弁を備えていた。(中略)
そうして此の耽美主義に慊らなかった我々も、流石にその非凡な力を認めない訳に行かなかったのは、この滔々たる氏の雄弁である。
「活力に満ちた病的傾向」というのは、一見形容矛盾のようでありながらも、
なかなか言い得て妙。うならされる。
芥川はしかし、谷崎の耽美主義には「慊(あきた)らなかった」。
彼は谷崎よりも、ポオやボードレールの如き、病的な、切羽詰ったものの方が
「冷酷な心の苦しみを見せつけられるから」好ましかったのだと。
うーん。。 なんかそれって、わからないでもないけれど、妙に鼻につくというか。。
要するに、青いなぁ、と思ってしまう。
私はどちらも好きだけど、どちらかといえば、谷崎的な傾向の方が余裕があって、好き。
谷崎がテオフィル・ゴーティエを軽蔑していた、というのは意外だけれども。
こうした二人の傾向の違いというのは、二人の見た目の違いにそのまま表れていることに気づく。
つまり、芥川が求道者的に、ガリガリに痩せているのに対し
谷崎は、なにかの芸事のお師匠さんのような、妙に恰幅のいい感じ、
という。
(ちなみに、ゴーティエの写真を見ると、かなり谷崎に近い体型をしていて、笑える)
昔の私だったら、たぶん芥川の方に共感しただろうな。(昔に比べて今は太ったという意味ではなく)
でも、今の私は、そういった余裕のなさは、エレガンスに欠けると思うし
エレガントであるためには、余裕があることが必要で、その2つは
生きる上でとても大事だと思っているので。
でも、そんな芥川作品も、大好き。
恰幅のいい人よりも、痩せている人のほうが好きだし。
それはそれとして、
「斑猫のような色をした」美しい悪の花、という表現がグッとくる。
ところで「斑猫」ってなんだっけ。。
猫? 虫?動物?
(竹内栖鳳 『班猫』)
と思って調べたら、
カミキリ虫のような獰猛性と、玉虫のような美しさの同居した
不思議に美しい昆虫だった。
http://net1010.net/2007/07/post_1572.php
http://maboroshinomori.cocolog-nifty.com/photo/2006/04/post_24a9.html
というか私の知る限り、こんなにも美しい昆虫はほかにいないのでは
と思ってしまうくらい。 すごく気になる。
これを知って、「斑猫のような色をした、美しい悪の花」のイメージが
私の中でその美しさを新たにした。
夜、銀色に照り映える月。 その月の光に妖しく浮かぶ鮮やかな色彩の花。
そして螺鈿細工のように美しい昆虫が這う。
そこでこれからひとが殺されようとしている。
とか。
ああ美しい。
また、動物や昆虫の美しさというのは、獰猛性が加わることによって、
より磨きがかかるのでは。
うさぎや羊よりも、豹の方が美しく、
或いは、草食系男子にセクシーさを感じさせる男がいないのは、そのため?
などと思ったり。
Gustav Moreau, The Voice of Eventide
Musée national Gustave-Moreau, Paris
2012-06-29 23:35
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