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「のめりこむ」ということ。 [文学・思想]

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出口裕弘の『澁澤龍彦の手紙』は、澁澤と出口氏との交流とか
学生時代のころどのように過ごしていたかが書かれていて、とても興味深い。

その中で、澁澤の、「一冊の本」というエッセー(『城と牢獄』に収録。なんてかっこいいタイトル!)についてふれているところがあって、
彼らが高校生の時点で既にフランス語を学び、フランス文学を読む会をつくって、
フランス文学を原書で読みまくっていたことなどが書かれている。

しかも、ヴァレリーやジッドを軽蔑して、主にアポリネール以後の、第一次大戦以降の文学ばかり、
むさぼるように読んでいたとのこと。

「ヴァレリーやジッドを軽蔑して」、って、彼らがいかに秀才ぞろいとはいえ、
これが高校生のすることか、とその早熟ぶりに驚くというか呆れるというか。。
あまりにもかわいくない高校生。

高校生くらいだったら、せいぜい、サン・テグジュペリとか、ボードレールとか、
ボリス・ヴィアンくらいにしておいてほしい。
ちなみに私は、高校生の頃はフランス文学なんて殆ど読んだことはなかった。
たしか卒業直後くらいにボードレールを読んだかな。
というより、受験勉強と部活動で忙しくて、文学なんてほとんど読む時間はなかった。


で、当時の彼らが読んでいたのは、両大戦間のいわゆる「不安の文学」で、すなわち
フィリップ・スーポー、ブレーズ・サンドラール、
ピエール・マッコルラン、マルセル・アルラン、セリーヌ、など、、
と言われても、正直、私が知っているのはセリーヌだけで、あとは、全く知らない。
先にあげたアポリネールなら、私も好きでよく読むけれど。

そのうちセリーヌの『夜の果てへの旅』でも読んでみようかと思った。



ところで、昭和初期の文学作品や、当時の若者とか世相のようなものを書いたものを読むと、
当時は、いかに文学にのめりこむ若者が多かったか、ということがわかる。

詩作や小説などにのめりこみ、文学サークル的なものを作って、雑誌を作ったり
結核になって、若くして亡くなったりとか。

こういったことは、現代ではまず聞かないことだから、
どうして彼らはそこまで文学にのめりこんだんだろう、と考えてしまう。
当時と、現代と、何が違うんだろう、と考えて、ふと気がついた。


それはつまり、昭和初期には、ロックがなかった、
ということ。


ふざけて言ってるのでもなんでもなく、これは案外間違っていないような気がする。

ロックでもソウルでもニューウェーヴでも、エレクトリック・ギターでもターンテーブルでも
なんでもいいけれど、要するにそういった、若者がのめりこむことのできる音楽、
というものが存在しているかいないか、というのは案外大きいと思う。

ロックというものに若者が熱狂し始めたのは60年代以降であり
それと時を同じくするように、というより現代に至るまで、優れた作家というのは
年々登場しなくなってきてる気がする。
特に、娯楽というものがここまで世に溢れている現代において、
昭和の優れた作家に比肩しうる作家なんて、いったい何人いることやら。

要するに、ロックが誕生する以前、なにかに熱中したいという欲求をもてあましていた、
且つ運動神経よりも知性が勝っていた若者にとっては、
熱中できるものといえば、文学くらいしかなかったのでは、ということだと思う。

スタンダールやバルザックを読むことは、ビートルズやストーンズを聴くようなものだし
ランボーやボードレールは、バウハウスやテレビジョン、
アポリネールはXTC、ってところかな?

文学サークルなんて、バンドと同じだし
小説を書くことは、曲を作るようなものだし。
だから、当時既にロックが存在していたら、彼らの多くは文学ではなくロックにはまっていた、
かもしれないし
逆に、澁澤や出口氏が、山下達郎や細野晴臣と同世代だったら、どうなっていたんだろう、
と想像してみたくなる。


10代後半から20代前半の頃というのは、なにかにのめりこみたい、
時を忘れて熱中できるものがほしい、と思うか、或いは実際に熱中した、
という経験をもつひとは多いと思う。

そこで多くの人はスポーツに熱中したりして、健全に青春を謳歌するのだろうけど
中には、そういったものになじめず、別の道を歩んでしまう人もいるはず。
つまり、ロックにはまり、ギターを手にし、バンドを結成、ということもその一つ。

しかも、それはスポーツのような健全なものではなく、
ワカモノに対して、刹那的・破滅的な思考パターンをよしとする傾向を植え付けかねない
非常に不健康なものであると同時に、下手すると、人の一生を左右してしまう。
たとえば、ピストルズを聴いてバンドをはじめ、人生が狂ってしまった人とか、
たぶん累計で、世界中に百万人くらいいるんじゃないだろーか。


ところで、日本では、優れたミュージシャンが有名大学の音楽サークル出身だったり、
ロック系雑誌の編集者や、音楽ライターが高学歴だったりすることが多くて、
ロックというのは下品でもなければ不良のものでもなく
むしろある程度の知性がないと、はまれないものなのではないか、とすら思う。

彼らの中には、結構文学にも通じている人が多い。
スミスを聴いて、キーツ、イェイツ、オスカー・ワイルドを知った、、みたいな。
だから、彼らがロックというものを知らなかったら。。 
やはり、文学に傾倒していたんだろうな、ということは想像がつく。


それにしても、まあ、ロックでも文学でもなんでもいいけれど、人間の、特に若者の、
なにかにのめりこむというエネルギーのようなものの強さはすさまじい。

考えてみれば、不思議といえば不思議。
別に、ただ毎日、美味しいものを食べて、ともだちと楽しくおしゃべりして、
それで終わりでも別にいいじゃない。

でも、それだけでは満足できない、というか、なにかにとり憑かれたように、
なにかに熱中してしまう人が、世の中には少なからずいる。

それはもちろん決して悪いことではなくて、優れた文化や芸術もそこから生まれたんだろうし
さらには学問・技術・科学の進歩といったものも、そういう人なしにはありえなかったんだろう、
と思う。

人間の不思議さというものについて、また考えさせられてしまう。

ただ残念ながら、ロックとかバンドにはまる人たちの大半は、
とくに優れたものを遺すでもなく、ただ高いギター代と、練習用のスタジオ代とに
お金を使うだけ使って、いつか熱が冷めたように、足を洗っていくわけだけれど。。




ところで、上で取り上げた『城と牢獄』には、20年以上にわたり獄中生活を強いられたサドは、
牢獄という空間に「監禁」されていたわけだけれども、
それはサドの側から見れば、自らの「城」に「閉じこもって」いるのと同じことである、
といったようなことが書いてあって、これが私には非常に面白かった。
というのも、私の中で「城」というのは、権力者とか戦争とかいうよりも、
世間から隔絶されて、なにかにのめりこんでいる人が閉じこもっている空間、
というイメージがあるから。


その人生の大半を、そんな城と牢獄で送ったサドは、
小説を書くということにのめりこみすぎた人間だったのかもしれない。

「獄中のサド侯爵は、仕事の邪魔をされたくなかったので、独房の扉がぴったり閉まっているかどうかを確かめにいった。扉は外部から二重の閂で閉ざされていた。侯爵はさらに内部から、典獄の好意で取り付けてもらった掛け金を下ろすと、さて安心して机の前にもどってきて座り、再び筆を取り出した。」
(ジャン・フェリー)


これほど牢獄というものを逆手にとったユーモアを私はほかに知らない。


ところで、誰かが、20世紀最大の発明はロックンロールだ、
といっていたような気がする。

私は激しく同意したい。







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ノエルかえる

こんにちわ、
御記事、興味深く拝読しました。
けれども、どうなのでしょう?
澁澤龍彦の若い時期だと、戦後すぐですが、
当時には、モダンジャズなど、若者が耽溺する音楽はあったと思いますし、
それ以前の昭和初期にでも、マンボ等、
モダン・ボーイが熱中した音楽はあったかと思います。
アポリネールのようなフランス文学に馴染んでいるのなら、
それこそ、シャンソンもあったでしょうし、
リスボンのファドも。
私には、ロックがそれほど特異だとは思えません。

失礼しました。
by ノエルかえる (2013-05-10 22:03) 

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