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夏、読書、廃市(2) [文学・思想]

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さながら水に浮いた灰色の棺である。

- 北原白秋




うちの庭に、季節はずれの薔薇が咲いている。
美しい。

さて先日の記事に書いた福永武彦の「廃市」だけれども、
数年ぶりに、読み返してみて、ちょっと、驚いた。
明らかに、他の文学作品とは違う。

何が違うかといえば、まず、ササッとスピーディに読むことができない。
それは、読みにくいという意味ではなく、
冒頭の風景描写から、ぐいっと引き込まれ、なぜか、
一文一文、じっくりと読んでしまうのだ。

そして、描かれている世界が、あまりにも明瞭にイメージできるから不思議。
だから、リアリティが違う。 異様に感情移入してしまう。

それは決して、映画版を見たことがあるからではない。
それを見たときは、ぜんぜん違うと思った。
私のこころに浮かぶイメージと。

特に小林聡美、根岸季衣っていう配役は、あまりにも違いすぎる。
姉・郁代は、島田陽子あたりじゃないかと思う。

私は大林宣彦作品は好きだし、映画としては悪くないとは思うけれど
質感とか空気感が、やっぱり私の中のイメージとはあまりにも違う。
全編オールロケで、ロケ地は福岡県柳川市なのだけれど、
これも、違うと思った。

要するに、頽廃感がない。


ここまで叙情的で、しかもやわらかでウェットな日本の田舎、というのは、違う。
うまくことばで表現するのは難しいのだけれど、私の中では、
もっと、叙情的でありながら、小京都的で、やや硬質な、幾何学的なイメージである。
郡上八幡だとか、ああいった、黒壁や白壁の、或いは格子のある家の間をぬって
細い水路が流れるイメージだろうか。
行ったことないけど。

映画化するのであれば、やはり市川崑監督かなと思う。

いずれにしても、私は自分のイメージを大切にしたいから、以後一切見ていない。


さてこの作品に戻ると、そこに描かれているのは

退廃的な町。滅び行く町。
そしてそこに生きる、滅び行くひとたち。
気持ちのすれ違う夫婦。誤解だらけの愛。

そこにはやはり当然のごとく悲劇があり、
最終的に自殺という形で幕を閉じるというのは、モチーフといい構成といい、
ありがちというか、陳腐と言えるし
そこだけとってみれば、文学作品としては、決してクオリティが高いとはいえない。

しかし、全体に漂う映画的な、幻想的な独特の空気感。
生命力が希薄で、砂の山が少しずつ風化して崩れていくさまにも似た、
何かが緩慢に衰退していくさまが、やはり素晴らしくて、
それが好きだとしかいいようがない。

季節が8月の終わりに設定されているのもいい。
その季節は、一年でいちばん、何かが徐々に衰えていく感じと、
それに伴うなんともいえない悲しみが漂っているとおもうから。

或いは、それは、私が無意識のうちに、この作品によって
植えつけられた感覚なのかもしれない。


大学に入ってから、福永作品をいろいろ読んでみたけれど、結局、
「廃市」ほど印象に残ったり、感動したものは、ひとつもない。

もちろんいい作品もあるのだけれど、なんだか線の細い、
肺病病みの芸術家気取りが、青臭いことでうじうじ悩んでいるような作品が多くて、
あまり好きになれなかった気がする。

大学を卒業してからは、いつのまにか、ほとんど忘れてしまった。

これだけ思い入れがありながら、福永武彦についても、「廃市」についても、
このブログの中では一度もふれたことがなかった。
たぶんここ数年は、読み返すこともなかったような気がする。

でも間違いなく、私の美意識の深いところに、私が意識しないうちに、
重要な位置をしめていたんだ、ということが、今回よーくわかった。


ちなみに、今回いちばん印象的だったのは、冒頭に挙げた、
北原白秋の詩だった。 (この作品の扉で引用されている)

これは、完全に私の記憶から抜け落ちていて、ハッとさせられた。
美しい。

以前読んだことがある本を読み返すと、
その度に違った発見があるもので、それも面白い。




北原白秋詩集 (新潮文庫)

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廃市/飛ぶ男 (新潮文庫 草 115-3)

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