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傍観者ということ [文学・思想]

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最近は、グレゴリー・ルイスの "The Monk" とか、
外国文学ばかり読んでいたら、反動で日本文学が読みたくなって
なんとなく鴎外の短編集を読んでみた。

それはもう今まで何度か読んでいる短編集なのだけれど、
山椒大夫」とか「高瀬舟」、「最後の一句」といった、素晴らしい有名作品がある中で、
今回印象に残ったのはなぜか、全く読んだ記憶がない、鴎外の自伝的な作品のほうだった。

これらは身辺雑記に近いもので、ふつうに読んでいたら読み流してしまうというか
たいていの読者にとっては、退屈だろうと思われる。
実際、私も読んだ記憶がなかったわけだし。

ではなぜ印象的かというと、妙に、共感できる部分が多かったから、だと思うのだけど。
とくに「百物語」という作品が妙に印象的だった。

「百物語」というからには、どんな怪談が展開されるかと思えば
ただ、百物語というイベントがあるらしいので行かないか、と誘われた主人公が
その場には行ったものの、その場にいた人を観察して、それについてつらつらと書いているだけで、
結局肝心の話の方は聞かずに帰ってきてしまった、という話。

なんだか肩透かしをくらったような、それで小説として成立するの?というような話なんだけれど、
なんかひっかかるので、少し経ってからもう一度読んでみた。
すると、まったく違ったものに見えてきた。

主人公は、イベントには参加せず、見ているだけのいわゆる「傍観者」なのだけれど、
その傍観者ぶりが、執拗なまでに書かれている。
ここが私には、ひっかかった。

僕は生まれながらの傍観者と云うことについて、深く、深く考えてみた。僕には不治の病はない。僕は生まれながらの傍観者である。子供に交じって遊んだ初から大人になって社交上尊卑種々の集会に出て行くようになった後まで、どんなに感興の涌き立ったときも、僕はその渦巻に身を投じて、心から楽しんだことがない。僕は人生の活劇の舞台にいたことはあっても、役らしい役をしたことがない。


よく読んでみると、「見る・見られる」ということを象徴するような演出もちりばめられている。
たとえば、

僕がぼんやりして縁側に立っている間に、背後の座敷には燭台が運ばれた。まだ電燈のない時代で、瓦斯も寺島村には引いてなかったが、わざわざランプを廃めて蝋燭にしたのは、今宵の特別な趣向であったのだろう。


照明が電燈であれば、その部屋全体が照らされるが、蝋燭であれば、その近くだけが明るく、
それ以外の場所は暗い。
つまり、その近くにいる人だけにスポットがあたることによって
その人は「見られる」側となり、その場にいるそれ以外の人は、「見る」側になるという仕掛け。

その場にいたそのイベントの主催者・飾磨屋についても、主人公は「傍観者」であると言い、
その「傍観者」ぶりが、描写されている。

しかし彼も、それだけ執拗に描かれることは、主人公の側から「見られている」わけで、
逆説的に、傍観者ではなくなってしまう。
従って、真に傍観者なのは、そんな彼を描写している主人公だけである。
主人公は、飾磨屋は生まれながらの傍観者ではなくて、にわか傍観者であると言う。
では、なぜ傍観者となったのか。


こんな催しをするのは、彼が忽ち富豪の主人になって、人を凌ぎ世に傲った前生活の惰力ではあるまいか。その惰力に任せて、彼は依然こんな事をして、丁度創作家が同時に批評家の眼で自分の作品を見る様に、過ぎ去った栄華のなごりを、現在の傍観者の態度で見ているのではあるまいか。


結局、世界というのは自分によって作られるもの、つまり
自分が世界をどう認識しているか、ということに立脚しているのであり、
世界を変えるとは自分が変わること、つまり自分のなかの、
世界の認知の枠組みを変えること。
世界は即ち自分しだいで如何様にもその姿を変えて見せる。

そう思っている私の認識に近いものがある。
たとえば三島の『金閣寺』に書かれていることも、結局そういうことだと私は理解している。


では、この「百物語」の目的は何なのか。

この百物語の催しなんぞも、主人は馬鹿げた事だと云うことを飽くまで知り抜いていて、そこへ寄って来る客の、或は酒食を貪る念に駆られて来たり、或はまた迷信の霧に理性を鎖されていて、こわい物見たさのおさない好奇心に動かされて来たりするのを、あの血糸の通っている、マリショオなデモニックなようにも見れば見られる目で、冷かに見ているのではあるまいか。


ひとつの小さな演劇空間を創出し、それと同時にそれを眺めているという、
つまり彼は舞台監督でありながら観客でもあるわけで
しかも、そこで演じる俳優たちには何も指導しないという、
ゴダールも顔負けの演出手法。
私はそこに恐ろしさすら感じた。 これはほとんど神の領域だ。

さらに、この小説を重層化し深めているのは、飾磨屋の愛人が、芸者であるということ。
つまり、芸者というのは決して傍観者たりえず、逆に見られることが仕事であるわけで
そんな女が「傍観者」である飾磨屋の愛人なのであるということはつまり
「傍観者」が愛するのは、やはり「見られるもの」であるということだろうか。

しかも何をするわけでもなく、基本的にはじっとしており、ただ飾磨屋に看護婦のように
付き添っている。
この作品中では、ほとんどこれら2人のキャラクターは描かれず、人形のような印象を与える。
従い、この2人が並んでいることで、ひな壇の上のひな人形のようでもありまた
「傍観者」と「芸者」という、見る者と見られる者、という組み合わせでもあって
ひとつの象徴のようでもある。

それに気づいたときに、それまでぼんやりとしていた、この作品に描かれている世界が、
確固たる構造物となって私の前に出現したような、つまり
そこになにか、世界を凝縮するような力みたいなものが見えて、と同時に
ひとつの世界の秘密が暴露されたような気がして、
戦慄に近いような感覚をおぼえた。

私が文学に凄みを感じるのは、こんな瞬間であり。
その凄みというのはつまり、いってみればこの世界の秘密を暴くような、
ふだんの日常では見えない異次元的な何かが、突然その姿を現すような、
暗闇に閃光が走るようなもの、或いは、
懐に忍ばせた匕首をいきなりとりだし、
顔色ひとつ変えずになにかをえぐりだすようなことであって

そんな本当に凄い文学作品というのは、滅多にあるものではない。


さて、ここまで書いてきてはっと気づくのは、
「傍観者」について執拗に描かれている作品について書いている私自身がまさに、
「傍観者」について執拗に書いている、ということ。

私は、どうしてこんなに傍観者というものにこだわるのだろう、
とかんがえる。

それは私自身も、間違いなく、「傍観者」だから。
ていうか、この主人公は私だ、とすら思った。

なにかイベントがあったり盛り上がったりしている人たちがいても、
どうしてもその輪の中に入れない。
一歩、引いてしまう。

ライブを見に行って、最前列で盛り上がることも苦手。
飲み会などでも、パーッと盛り上がりましょう、みたいなのはもっと苦手。
でも、遠目から人間を観察して、分類したり分析したりしてしまう癖がある。


なぜなんだろう。

心理学的には、たぶん説明がつくと思う。
でも、そんなことじゃなくて(私は最近、心理学に対してどんどん懐疑的になりつつある)、
もっと次元の違った、深いなにか。
それはたとえば、宿命的なものなんじゃないかと。

というのは、人間には恐らく、世の中を動かしていく人とそれを傍から見る人の2種類がいて、
我々はみんな生まれながらに、そのどちらかの役割を与えられているのではないか、と。

そして恐らくは、「傍観者」であることは、決してよいことではない。
「傍観」するということは、楽といえば楽だけれども、裏返してみれば、
「疎外」されているということだから。
鴎外も、作品中で「不治の病」ということば使っているように、直接的にではないにしても、
かなりネガティブにとらえているむきが感じ取れる。


とまあ、このへんは、もっと掘り下げたいところなんだけれど、
うまくまとまらないので、今日のところはここまで。
なんだか、自分の中では、とても大事なことを書いているつもりなんだけど
言いたいことがうまくまとまったのかどうなのか、よくわからない記事になってしまった。

私の文章力不足。残念ながら。






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